少国民詩集『満洲地図』
満州各地域の風物や民俗を詠んだ子ども用詩歌集。
*少国民とは、小学生くらいの子どもを指し、天皇に仕える小さな国民という意味を含んだ。主に第二次世界大戦期に使われた言葉。
この詩集は、作者北原白秋が満州建国10周年記念として書き下ろしたものです。白秋は1930(昭和5)年、満鉄の招きを受けて約1ヶ月満州各地を巡る旅をしました。その時に作った10余編に加え、満州各地域の風物・民族・季節・伝説などについて、子ども向けの詩と童謡全102編にまとめました。
「大連から奉天の北まで」
「奉天から安東まで」
「四平街から内蒙古まで」
「新京から国境まで」
の全4章から成り、満鉄主要支線の駅名に沿って、それぞれ詩を並べています。ところどころ差し挟まれたシンプルなイラストや擬声語、ときには中国の言葉を交えて、満州の魅力を子どもたちに訴えかけてきます。
北原白秋作詞、山田耕作作曲の有名な満州唱歌「待ちぼうけ」「ペチカ」のほか、陸軍省が委嘱した「関東軍をねぎらふ歌」という詩も収録され、文部省推薦図書にもなっていた同書。
あとがきは「…終りに、日満少国民の為に健全なる発育を祈り、その父兄母姉たちの愛賛をも希つて置く」としめくくられています。
*富樫寅平(1906-1951)とがし・とらへい
新潟県新発田市生まれ。新発田商業高校卒業後1928(昭和3)年仁科技塾に入り油絵を学ぶ。1930(昭和5)年協会展出品・入選。以後独立美術協会賞なども受賞した。北原白秋と親交があり、挿絵画家としても知られる。
収録作品より(原文縦書き。本文のまま)
〇駱駝(らくだ)と驢馬(ろば)
ぽかりぽかりと駱駝がきてる、
赤い夕日の蒙古の原を。
なんとマンマンデーだ、マンマンデーだ、ハオハオ。
ぽかりぽくぽく駱駝がきてる、
原は砂原、こぶやまばかり。
なんとマンマンデーだ、マンマンデーだ、ハオハオ。
せつせかせかせか後からかける、
驢馬はチビすけ、小股でかける。
なんとクヮイクヮイデーだ、クヮイクヮイデーだ、ハオハオ。
ぽかりぽくぽく駱駝が来てる、
どこへ行くのか、うは目(上目)できてる。
なんとマンマンデーだ、マンマンデーだ、ハオハオ。
せつせかせかせか駈けてもおそい。
驢馬よ追ひつけ、もう日が暮れる。
なんとクヮイクヮイデーだ、クヮイクヮイデーだ、ハオハオ。
(*マンマンデーはゆっくりしている、クヮイクヮイデーは速い、ハオは良いという意味)
〇牡丹江
零下二十度三十度、
月はつけ剣照らしてる。
黒く突立つ人影は
耳垂帽に毛の外衣。
此処は北満、牡丹江、
河の向こうはソビエット。
風も夜霜(よじも)もすんとして
凍る上から、また凍る。
きらりと動く銃剣は
何を月夜に見つけたか。
北の守りの歩哨線
犬が遠吼えしています。